脱スピリチュアル後に堕ちた世界。陰謀論・超自然派・自然農で感じた闇の共通点

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どうもnimoです。

前々からこのテーマ「陰謀論・超自然派・自然農で感じた闇の共通点」で書きたかったのですが、うまく言語化できずにいました。最近ようやく言葉にできそうだと思ったので、ちょっとチャレンジしてみます。

最初に一つ言いたいことがあります。

私は陰謀論・超自然派・自然農を完全否定しているわけではありません。

まぁ、陰謀論は事実を知ることが難しくてよく分からないって感じなんですけど、自然派の食についての知識や自然農の知識は役に立ったことも事実です。

ただそこの界隈で不快な気持ちになることがとても多かったんですよね。なぜ不快な気持ちになったのか、陰謀論・超自然派・自然農で感じた闇の共通点をまとめてみたいと思います。

支えになっているインターネット

私はネット民です。

私は自己診断の発達障害のASDで、現実で人とコミュニケーションが取れずに困難さを感じています。多数派の定型発達の人とは馴染めません。

そんな時支えになったのがインターネットの世界でした。私は主にTwitterを利用しています。その他、ブログの閲覧や調べ物に使っています。スピリチュアルも主にTwitterを利用しましたね。

なんていうんでしょうね、コミュ障だからすぐに人に頼らず(頼れず)、まずは自分で調べてみて、自分で出来るかどうかを判断するのは今も昔もライフワークでした。そういうのもネット民になった理由かもしれません。

スピってる最中に、ちょうどコロナが蔓延しました。私は子育てしながら自宅に篭ってよりネットの中で生きるようになりました。その最中でした。スピリチュアルリーダーのアホらしさに決別し、スピ界を見切ったのは。それでもネットから離れることはなく、色んな界隈を旅してきました。

陰謀論・超自然派・自然農との出会い

当時私は何となくワクチンを接種したくなくて、その時初めて陰謀論と出会いました。必然とワクチンの陰謀論を貪るように読むようになりました。

正直リアルで陰謀論を唱えている人なんて会ったことがありません。みんな閣してるのかな?

その頃私は同時進行で自然志向でした。マルチ商法に引っかかったのも加勢しましたが、元々根本的な解決をはかるのが好きなタイプでした。無添加に拘ってみたり、シャンプーリンスを手作りしてみたり、自然農を目指して自宅の庭に小さな畑を作ったりしていたんです。

そこで気づきました。スピリチュアル・陰謀論・自然派・自然農の多くの人が反ワクチンを謳っていました。

反ワクチンの人

ワクチンを打ってしまったら重曹を飲んで!

どこかで聞いたこともあると思いますが、そういう情報に惑わされて実際に重曹水を飲んだこともありました。そうやって自分で調べて考えるのではなく、情報に惑わされていたんですね。

なぜ陰謀論・超自然派・自然農界隈にハマったかというと、やっぱりリスペクトする部分があったからです。自分の価値観に触れる部分があったんですね。

陰謀論には社会の裏を暴こうとする想像力がありました。実際のところ、本当はどんな仕組みで社会活動がなされているのかという視点をもらいました。

超自然派の本質的な根本的な解決に目を向ける視点がありました。基本的な部分を見直し、生活を見直す視点や行動力をもらいました。

自然農からは多様性を学びました。物の性質を理解し、それを操り管理する楽しさも教えてもらいました。思考の偏りを改善する一つのツールとして機能したように思います。

怪しい

しかしだんだんこれらの界隈に違和感を感じていました。違和感は拭いきれず、これらの界隈に居たくないと思うようになりました。

これらの界隈には決定的な共通点がありました。

今の社会を嫌っていたのです。
ものすごい反発力。
極端な考え方や方法を武器に、社会をバッシングして悪口放題だったのです。

  • この情報に気づけないやつは頭がバカだ
  • こんな生活を続けているやつは、死ねばいい
  • 行動を変えられない人間は悪だ
  • 俺の意見だけが正しい
  • 母体は自然なのに、搾取しまくってる生活をしている人は悟ってない

そうやってファンを引きつけ、ビジネスを展開する人たちがネット上に沢山いたのです。

陰謀論は正直真実がよくわからないのですが、自然派自然農系の思想は確かに本質を突いていて響くものがありました。でもそれを扱う人間の思考が過激で調和もへったくれもなく、いつも不愉快な思いをしていました。

確かに本質は理解した方がいいと思います。人間界のバランスを取ろうとする姿勢は素晴らしいと感じます。

しかし自分たちの扱う知識や方法論を絶対的正義と位置付けて、バッシバシと世の中を切って(いるつもり)権威性を高めようとする姿は見ていられませんでした。

い〜ち抜けたっ

その界隈から手を引きました。

nimo

い〜ち抜けたっ

その界隈の「すごいな〜」と思ってた人たちのこと、Twitterのフォロー外して、ミュートして見えなくしました。

そしたらね、自分で考える力が蘇ってきました。そして思いました。

その界隈のインフルエンサーに乗っかって、腰巾着になってやいのやいのとストレスを発散する人たちは愚かだと。自分たちが現代社会から受けている恩恵を、全否定しているのですから。

もちろん現代社会にもデメリットがあって、バランスを取り戻したくて正義感から発信していると思います。それでも矛盾もいいところです。

陰謀論も超自然派も自然農も、現代社会で混迷した人たちの、モヤモヤの吐口に利用されている。その一言に尽きるのではないかと思います。陰謀論なんてその極みかなって思います。

超自然派・自然農界隈で本当に事実を扱っている人もいます。おそらく陰謀論も大半が逆上して作り出されたストーリーではないのではないかとも思っています。もしかしたら一部は事実かもしれない。私はその可能性は残しておいています。

もちろん反発するのは悪いことではありません。でも反発という感情下では冷静な判断はできません。いや、これまで反発と言いましたが、違うかもしれない。彼らはいつでも上から目線で不特定多数を見下しています。対等な立場で物事を話してはいないのです。

私は情報や知識を、私欲を満たすための道具にしている人から何も教わりたくないと思っています。知識と一緒に発信者の歪みを受け取ってしまうからです。

例えば世の中のことを深く知りたいとか、健康になりたいとか、無農薬で野菜を作りたいとか、そういった目的のために情報やメソッドを扱うのであれば問題ないと思います。

しかし特別なことをしている高揚感や優越感に浸ったりして、自分は特別な人間なのだと誇示したり、この道だけが正しいのだと聞く耳を持たず多様性を切り捨てる。実生活にそんな人がいたら嫌ですよね。

nimo

界隈にも大まかな性格があるんですよ。
それに気づいて今後の付き合い方をどうしていくか判断していかなくてはなりません。

その界隈がブラック企業なら、これらの情報を扱うホワイト企業もあるわけです。その世界も知り、自分はどちらの方に価値を感じるのか、考える必要があります。

友達だと思えば正々堂々と喧嘩をして変化をもたらすのもいいかもしれません。ホワイトな界隈を探す旅に出るのもいいかもしれません。個人で学ぶのもいいかもしれませんね。

さいごに

葉

実は陰謀論・超自然派・自然農の後に発達障害の界隈もTwitterでウロウロとしていました。

私はその時気付きました。発達界隈にも同じようなインフルエンサーがいることを。

量は違えど、どこの界隈にも歪みの型に嵌り発信している人たちがいるんです。

辛い思いをして、仲間と対象をバッシングすることは、ある意味癒しになります。夫の愚痴をママ友と喋るのと同じですよね。負の感情をそこで発散して次の一歩を踏み出す。それは必要です。愚痴なら私も言います。

でも怒りに留まり続けていると、前には進みません。やっぱり夫の愚痴をどんなにママさん同士で言ったとしても、夫の良いところにも感謝があるわけです。一時的な負の感情を発散して、それでまた日常に戻っていくのです。

でも憎しみや恨みによって反発し続ける発信、他を見下して優越感を味わっている発信っていうのは、それとは違うでしょ?

そこに気付けると、師匠やメンターにする人を見極められるようになっていきますね。危ない闇は回避し、媚びないことです。そこから人生が格段に良くなりますよ。

最終決定は自分です。

そこの界隈で良いも悪いも体験して、その後自分で選ぶことが重要です。

流されていると思ったら、一度立ち止まり、一歩引いてみる。

すると必ず世界が違って見えてきますよ。

 

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