どうもnimoです。
スピリチュアルに傾倒して痛い目にあい、どうしてこういうふうになってしまったのだろうと…私はずっとずーっと考えてきました。
結局はスピリチュアルは…
自己肯定感が低い人たち、アダルトチルドレンの人たちをカモにした精神世界ビジネスの場でした。ビジネスですから、多くの人の問題は解決されず搾取され続けるという、地獄のような場所。
私はそういう構図が許せなくて数年前に脱スピリチュアルをしましたが、未だ教祖のように振る舞って搾取を続けている人がいます。気をつけてね。脱スピしてからが本当のメンタル回復が始まるよ。
でもね、スピリチュアルって愛される面もあるんですよ。世界観が面白いの。
みなさんはどんな世界観が好きですか?
ごっちゃ混ぜじゃないですか。あの人は天使物語の中で生きているし、この人は龍神物語の中で生きているし、その人は仏教の中で生きているし、それでも同じ今この瞬間を生きている。ふしぎ。
要はそれぞれのキャラクターから教義なんかを学ぶわけですが、そこは非常に曖昧な線引きで架空のキャラが入り混じり、信仰というのは実に自由で、エンタメのような面白さがあります。
しかし同じ出来事や同じ現象のことを話していても、一瞬でパッと通じない場合があります。だって物語が違うと、同じことを話していても表現が違うんですもん。あっちの物語では〇〇というのに、こっちの物語では△△って言っていて、一見同じことを喋っているとは分からない複雑さがあります。
そこで誕生するのが科学。科学は世界各国老若男女、どんな人が使っても共通理解が図れます。そりゃ科学が急速に発達したのも理解できますよね。
ふしぎな真理物語がいくつもある理由をchat GPT3.5に聞いてみた

ではなぜ人はこんなにも物語を作り出してきたのでしょうか?
ちょっとchat GPT3.5に聞いてみました。
イメージ湧いてきますね。分からないことは、想像の部分で補ってきたんですね。スピリチュアルっていうのは、複雑で理論として腹落ちしにくいものをイメージ化してストーリーにまとめ上げたものなんですね。そこに心の健康を維持しようとする試みが組み込まれているんですね。
もう一つ、枠を広げて人間はどうなのか?と聞いてみました。
そうか、そうか。仮説というのも物語なんですね。(ちょっと意外で面白い)科学者も仮説という新たな物語を作り出しているんですね。
人間は頭で考えても分からないこと、事実が検証できない時など、物語を利用して探求する傾向にあるようです。なんか検察みたいですね。
スピリチュアルに傾倒する時の傾向

私がスピリチュアルに傾倒した時、人生どん底でこの先どうしたら分からない時でした。結構スピ界にはこういう人が多かったです。
認知認識が歪んでいて考え方の基礎が分からなくて何をやっても上手くいかず人生に行き詰まったタイプの人は、、、(わたしわたし)大人になっても理を理論で落とせなかったので、物語に頼って理解しようとするんですね。その試みの場所がスピリチュアル界に多いんですね。
chat GPTが教えてくれたこと、なんか納得できますよね。
さいごに

スピリチュアルなどの創作物語の世界線で生きている人と、そうでない科学を採用して生きている人と、本来優劣はないと思います。
ただね、教義に関してはやっぱり創作物語には穴があると思います。スピリチュアルは特に構成が主観的だと感じます。わたし自身全然幸せになれなかったですから。
そしてスピリチュアルに寄ってくる人の性質(自信がないとか、自己肯定感が低いとか、アダルトチルドレンだとか…)を悪用して、搾取するビジネスが横行しています。そういった面で市民権を得られないんですね。
宗教に関しては知識がないので深く言及できませんが、日本の文化に根付いてきた仏教すら、現代の日本人は興味関心を持っている人は少ないですね。その世界観よりも頼りにできる何かを無自覚で選択しているのかもしれませんね。

純粋に世界観をリアルで楽しむ新しいジャンルが誕生すると良いですよね。とはいってもないのが現状……。残念。
わたしは神秘系の世界観が好きですけど、リアルにその世界観を当てはめて暮らしていくのは…もう良いかな。変な人に絡まれて面倒臭いんですもん。止めてからはお金もたまるし、ストレスも減るし、良いことが増えましたしね。
神秘は映画などのエンタメで楽しむだけにしておこうと思います。
わたし、神秘系の世界観大好きっ!