脱スピリチュアル啓蒙に終止符。過去の自分への癒しより、目の前にいる我が子の未来のために。

脱スピリチュアル

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どうも、日最です。

わたしはスピリチュアルを卒業してから、脱スピの啓蒙を多少なりとも発信してきました。搾取される側の立場を理解しているからこそ、気持ちがわかるからこそ、あの絡でもない業界からどうにか1人でもサヨナラできないものかと思っていたからです。

でもその反面、わたしは全然優しくないな…と自分自身へ感じていました。色々と思考を重ねていくと、自分が大切で自分が可愛くて、スピリチュアル界隈でドツボに嵌って困っている人を見捨てる気持ちもチラチラとしていました。

最近その気持ちが大きくなって、スピ啓蒙を止めようと思いました。その胸中を赤裸々に語りますので、気になる方は読んでいってくださいねー。

スピリチュアル界で人生の立て直しができなかった話

爆発

まずは私がスピリチュアルでは人生の立て直しができなかった話をしたいと思います。

わたしがスピリチュアルに傾倒したのは、長女が年少、次女が1歳の時でした。育児がうまくいかず、ヒステリーばかり起こしていました。自分がどうにかなってしまっている事に嘆き悲しみ、そして自分の手で幸せになる方法を探し出したときに出会ったのがスピリチュアル界でした。

なぜそんなような事になったかと言えば、自分が発達障害者で、一般の人とは考え方や行動が違っているという問題を抱えていたからでした。しかしそれに気付かずに30年以上もやってきたので、人間関係にいつも悩んでいました。考え方の違いで理解されない苦しみを味わい、悪気はないのに人を傷つけ、不満と悲しみが溜まり、メンタルが病んでいたのでした。

しかしそんなこととはつゆ知らず、スピリチュアル界ではストーリー仕立ての認知療法のようなメソッドをいくつかやりました。考え方の偏りに気付いたり、ネガティブな自動思考になっていることに気付いたり、自分の心の変化を感じました。

スピリチュアル界って、メンタル落ちした人が多く集まる場所なんですね。

しかし問題があって、スピリチュアルメソッドは非常に未熟で、医療と比べられないくらい劣るんですね。もちろんスピリチュアルリーダーも資格があるわけではないので、知識が乏しすぎて、自分の経験談だけで語るような人も多々います。やはり国家資格は舐められるものではありません。

スピリチュアル界、特にメンタルを癒すために訪れている人たちの殆どが「医療案件」だと思います。私もそうでした。あの時適切に心療内科で治療をしていたらどんなに良かったかと…思わずにはいられません。

それにね、リーダー自身がメンタル疾患を抱えている場合も見受けられるんですよ。後から思えば共依存の関係になっている所も多く見られました。残念な事に私もその内の1人でしたから、まんまとエネルギーを吸い取られてしまいましたね。

スピリチュアル

未熟な癖になぜかサービスの価格は高く、ほとんどが万単位の詐欺。結構なお金を失いましたが、全く状態が改善する様子もなく、ただ時間ばかりが流れて人生を立て直すどころか崩壊しかけてしまいました。

それでもスピリチュアルを完全に嫌いにはなれなかったのは、グルーミングができたからでした。同じ悩み、同じ気持ちを理解し合える仲間との交流というのは、非常に精神を整えてくれる重要な行為だったんです。

でもそこでも殆どの人が弱っているものですから、人間関係を構築するには不安定すぎました。一見優しい言葉が飛び交っていますが、「そう言っておけばいい」みたいな上っ面の帳尻を合わせる方法でしかなく、HSPの私にはしんどいものでした。

ここでは幸せにはなれない。

そう悟って、私は人生を改めて立て直すために、怒りと共にスピリチュアル界を離れました。

メンタル回復できない

スピリチュアルを止めてからの啓蒙

スピリチュアルをやめてからも、幸せになる方法を探しまくりました。その際に社会の性質に浅く広く触れ、沢山の気付きを得ました。

その驚きと興奮の勢いに任せて、私も何か発信しようと思ったのが脱スピリチュアル啓蒙でした。ブログやnoteを転々として、発信していました。
※最終的にこのブログに記録としていくつか記事をまとめてあります。

ちょうどレイキとオーラリーディングも自己流ですすめていて、掛け合わせでやってみたりもしました。しかし一度やり始めると、どうしても盲目で依存的な人が寄ってきてしまうんですよね。ビジネスにとっては有益で儲けられる訳ですが、ちょっとそのへん潔癖ですごく嫌だったんです。

私に関わった事でスピリチュアル離れできた人も多少いましたが、自立支援に利用するよりも、不思議な力に魅了される依存的な方の方が多く集まってくる印象でした。

私はそこで自分に問いました。これではスピリチュアルリーダーと一緒になるぞと。サービスを始めた場合、搾取する側に回ってしまうぞと。

わたしは依存的な人、洗脳されている人の目を覚ましたかったのに、本末転倒だと思いました。悟りとはなんでしょう。一夜にして悟ったと言う阿呆と話したことがありましたが、魔法のような悟りなどあるわけがありません。

適切な知識で包んであげられるようカウンセラーの資格を取ろうかと考えた事もありました。しかしその間、自分と娘たちの発達障害についても学んでいて、エネルギーワークの事も調べていて、頭の中はパンク状態でした。

それで分かったんです。脱スピリチュアルの闇に真剣に向き合う気概、知識と理解を深める気概が、私にはない事に。現状では語るには足りない知識量…。何がなんでもジプシーを助けたいという気持ちが実はそこまでないのではないかと…。そこから啓蒙活動は控えるようになり、ひとつの経験談として記事を残しておくようになりました。

それでも、あのバカな世界で搾取されている人が可哀想でなりません。どうにかできないものかと頭の片隅には残っていました。老婆心ですね。

スピリチュアルジプシーを見切る

鳩

現実は一日24時間。

わたしには生活があります。

目の前の3人の大切な我が子とスピリチュアルジプシーを秤にかけるまでもない。そう、ふと思いました。

日最

そんな他人に注力するよりも、未来ある子ども達がスピリチュアル業界に搾取されないような子育てをしよう。目の前のことに集中しよう。

わたしは過去の自分を助けたかったんだと思います。スピリチュアルに傾倒するより、自己理解をした方が幸せの近道だよと、過去の自分に伝えたかったんです。そうすれば痛い思いをしなくても良いから。過去のわたしを助けたかった。ただそれだけだったんです。

でも今なら過去の自分にこう言うことができます。

痛い思いをしないと気づけないことが沢山あったね。そのお陰であなたは自分に何が起こっているのかを学び、努力と工夫を凝らしてきたね。それで良かったんだよ。

がんばれ!

死にかけて目覚めろ!

それが悟りのはじまりだよ。

そこから第二の人生が始まるから安心していいよ。

本気がスタートたら、ちゃんとした情報を得て選択できる自分になっているから大丈夫。

だから痛い痛い痛い思いをして、さっさと目を覚ませばいい。

君はそんなんじゃ死なない。大丈夫。

君は信頼されているよ。

君は強い。

知識が薄く、思考が偏り、ストレスで思考力が落ち、盲目で依存的で多軸のスピリチュアルジプシーだった私は、自分の力で這い上がることでしか人生は立て直せませんでした。他人が関与してくると余計に拗らせてきました。

事実、自分で目が覚めた後ではあれよあれよと一万時間くらいで立て直せていったのでした。新興宗教の洗脳を解くのに10年はかかるのだとか。スピリチュアルも同じだと思いました。

私はそこにエネルギー注げないなって思っちゃいました。ほんと熱量がない。それを優しく包んで説明できる能力もかなり足りないですし、非情ですけど、困れば手っ取り早いなと思いました。困って困って困り尽くして、その先の駆け込み寺を個人で見つけて欲しいと思います。そんな所あんまりなさそうですが、私にもできたんだからジプシーにもできると思います。

ジプシーの生きる力を信頼しています。

過去の自分が可哀想と思わなくなったら、そこで今困っている人を可哀想だとは思わなくなって、頑張って生き抜けと信頼のもとにエールを送れるようになったという心の変化ですよね。

この件に関しては生命力を信頼し、目の前のことをちゃんとやっていこうと決めました。私は母親なんだから。ジプシーが困っていてもいい。私はジプシーよりも自分の子が可愛いし、心配だし、目の前のことをするだけ。ジプシーの為に経験値を上げるより、我が子の為に経験値を上げたい。さっぱりして次へ進んでいきたいと思います。

こんな事言ってるけど、ただの自分の中のけじめです。別に私は有名でもないし、大ごとな話ではありません。ビジネスを始めたわけでもないですし、誰も困りません。

単なるけじめとしてもう意識することをやめて、自分の大切なものを大切にしていく選択をようやくできたよという個人的な心の中のお話です。ようやく地に足が着いたような気がします。

さいごに

黄色い花

スピリチュアル業界は、あまりにも酷い状況だと………個人的に思っています。ですからその内新興宗教のように煙たがられて縮小していくのではないでしょうか。願っています。

私はね、別に信仰心を否定している訳ではないんです。ただそのデメリットを悪用する人が横行するのが許せないんです。なのに搾取されているのに悪循環に巻き込まれている自分に気付けない人が多い。それが悲しいじゃないですか。でも本人が気付かなければどうすることもできないなんて、歯痒いですよね。

でもね、エネルギーワークは別モノです。誤解されると悲しいので少し話します。スピリチュアルってヒーリングが多いので多くの人が敬遠していると思います。レイキなんかもやる人が多いですね。あれは信仰療法で、もう現代に市民権はほぼありません。日本人って信仰心ないですから。瞑想などもマインドフルネスのように科学を基盤にしたものが主流になってきていますし、現代版のエネルギーワークを利用していくのはオススメしたいです。

感覚はいろんなことを教えてくれます。知識と感覚は両方大切だと考えています。ちょうどHSPだし感覚力を鍛えるのは楽しいものです。自分のバランスを整えるのに道具が要らなくて、場所を選ばないなんて、本当に素晴らしいです。便利な道具に囲まれすぎていると、感覚は鈍りますね。

私はマインドフルネスはやりませんけど、気功は好きです。あまり瞑想を必要としないのだと思います。気功の種類にもよるけど、とても良い健康メソッドだと思います。

そんなこんなで、スピリチュアル沼に落っこちて死にかけて、目覚めて啓蒙をはじめた人間が、それも止めた話を文字にしてみました。自分の中のけじめって、やっぱり大切ですね。

 

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