現代人は体外離脱が得意⁉︎体外離脱や一瞥体験の認識がガラリと変わる考察!

体外離脱や一瞥体験の認識を変える

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粗は大いにあり、裏付けもしていない、とても主観的な考察です。

どうもnimoです。

突然ですが質問です。

nimo

みなさんは体外離脱できますか?

自分の身体から抜け出して、肉体の外側から浮遊して自分を見る。

いやぁ〜やってみたいですよね。憧れる。

でも…「自分はどうして体外離脱出来ないんだろう」幼い頃から40代まで、私はずーっとずーっと考えてきました。

幼少期に「あなたの知らない世界」を怖い怖いと言いながら観ていた私も、今は怖い物語を観れなくなって避けるようになりました。霊感商法も呆れて大概にしろと敬遠している現在ですが、体外離脱に関しては興味をそそる現象になっていました。

今回はその体外離脱について本気で考えてみたいと思います。

体外離脱って一瞥体験だった

先日なんですが、とある気づきがありました。

nimo

そうかっ!
体外離脱は一瞥体験かー!!!

万人が体験できる訳ではないので、当たり前って言ったら当たり前なんですけど…。

もしかしたら私が知らないだけで、学問で明確にされているかもしれませんが、ちょっと私の考察を聞いてもらえると嬉しいです。

わたしの一瞥体験ワンネス

私は過去に一度ワンネスという一瞥体験したことがあるのですが、体外離脱はそれと同じタイプの体験だと思ったんです。その体験はこちらに書いてあります。

ワンネス

簡単に説明すると、ワンネスは悟りが開けたわけでも覚醒できたわけでもなく、左脳停止したことによるレア体験です。

全ては一つ、上下もなく、優劣もなく、全て自分と繋がっており、あなたも私、地球も私、宇宙も私であるという意識。時間もなく、現在過去未来は一つのまとまりとして存在し、この世の全てと一体化した非常に愛で包まれた衝撃の意識体験でした。

当時私は精神状態が悪く、スピリチュアルに傾倒していました。自分に自信がなく、アダルトチルドレンでした。自分の存在を否定しつくし、生きるとは何かを深く考えていました。

その迷いを払拭できるほどの衝撃的な「愛」に溢れた意識状態になり、その感覚はいつまでも忘れられないものになりました。そして私はワンネスって一体何なのかを追いかけるようになっていったのでした。

一瞥体験って一体なに?

このワンネスを経験して数年が経ち、何となく一瞥体験とは何か?が私なりの解釈で言葉にできそうかなというところまで来ました。間違っているかもしれないですが、がんばって考察してみたいと思います。

誰しも日常でこんなふうに行き詰まる体験をしたことがあると思います。

困ってる人

なんだか人生が上手く行かない。
その理由が分からない…。
はぁ、私はこれからどうしたら良いんだ。

理由は何にしろ、相談できる相手もいなく、解決に導く情報とも出会えない、一人で悶々とその答えを探した人もいるでしょう。私はそれにより状況が悪化し、精神状態が悪くなり、ワンネスが起こりました。

そんなこんなで端的に言うと、一瞥体験ってこうなんじゃないかと思うんです↓↓↓

一瞥体験

自分が抱える困難を理論的に解決できなくて重度のストレスを抱えた場合、また病気や怪我などで同じような条件になった場合、生命活動を維持するために、救済措置が起こる。

それは各々が採用している世界観(宗教や思想、物語など)をベースに、神秘的な映像や意識体験が脳内で展開され、感覚面から理や物の見方を刻みこめるようになっている。

なんて言うんでしょうね。窮地に追い込まれると左脳が鈍くなり、右脳の出番がやってくるわけですね。

感覚は自分の考え方以上に多角面に情報をキャッチしていますから、それを利用しない手はありません。メンタルが回復するまで、右脳が優位になり直感力や五感で感じたイメージ力で「生きる」をリードしていきます。

人間という生き物は、「物の見方」がみんな偏っていますが、ストレスを抱えると視野が狭くなり判断力も低下します。それは人間の性質です。そうなれば個人、ましてや人間自体の生存が危ぶまれますから、人体は強制的に理を感覚的に落とし込む一瞥体験を起こすシステムを搭載しているのではないかと思っているのです。

  • 木を見ず森を見よ。森はこんな感覚だよ。
  • 自分で自分を認知せよ。自己認識はこんな感覚だよ。(メタ認知)

をインパクトと共に伝えるのですね。

体外離脱もその一環の現象というわけです

信仰心が必要で、現代人は一瞥体験をしにくい

漠然としてますが、一般的な現代人は一瞥体験をしないと考えます。信仰心のない人から一瞥体験の話を聞いたことがなかったからです。

日本なんて特に信仰心が薄いですよね。海外の人のことは知りません。すみません。

現代人の多くはどんなにメンタル状態が落ちても、医学など現実的に立て直しを図り、理論立てて解決しようと試みます。

しかしそれを選ばない場合、尊い神的存在を信仰し始め、時には洗脳され、信仰療法に依存するようになります。一瞥体験は信仰心が強く影響しているのではないかと思っています。

スピリチュアル界を彷徨いていた時、覚醒しただの悟っただの、特別な体験をした方の多くは、人生のどん底を味わっていて、スピリチュアル信仰や思想を重んじていました。しかも皆一様ではなく、ジャンル毎に似たような一瞥体験を経験していました。

現代人はなるべく事実を見ようとする目があります。あらゆるジャンルで学問が開かれ、どんな人でも科学を説けば共通理解ができるようになっています。そういう状況下では脳内で映像は展開されないのかもしれません。

一瞥体験は俯瞰視点を体感に刻み込む

さて、一瞥体験は何を教えようとしているのでしょうか。

私が知る一瞥体験には共通点があります。

「俯瞰」です。

一般的に一瞥体験は悟り体験と言われていますが、共通して普段の意識から一旦離れ、自分(自我)が消滅する感覚を得ることが出来ます。その時意識は自分の知識や思考の癖を飛び越えて、全体を見渡す意識へと誘導されます。

  • ワンネス
  • 酷い虚無
  • 自分の時間だけ止まっているような感覚
  • 空を飛ぶ

一瞥体験で知っているのはこれくらいなのですが、この体験というのは今後の意識を変貌させるほどの強い意識の変容が行われます。狭かったり歪んでた物の見方を正し広げる強烈な刺激を与えます。

それにより歪んでたり偏っていた思考が強制されるのです。

ただ、ここで自分は選ばれし者だと思い込む者もいれば、そうでない者もいて、その後にどう影響するかは、その人次第と言えます。

体外離脱の考察

はい、ここまでは前置きです。長かったですよね、すみません。

つらつらと前置きを説明しましたが、何となくイメージを捉えられたでしょうか。それらを踏まえて体外離脱についての考察をまとめていきたいと思います。

体外離脱の一瞥体験をしやすい人の状況

体外離脱をしやすい人の特徴は、大まかに言ってこの2点の掛け合わせかと思います。

  1. ストレスや病気、怪我などで思考力が低下し、右脳の動きが活発、右脳優勢の状態になる
  2. 霊障ストーリーを採用している

①ストレスを感じやすい人は金縛りにあったり、幽体離脱をしやすいそうです。どんな人間もストレスを溜め込むと思考力が低下しますよね。そういう状態だからこそ起こる、救済措置の一瞥体験ですね。

②科学を軸として採用せず、物事の見方を霊障ストーリーに当てはめて生きている人は、幽体浮遊の設定は織り込み済みですので、全体を見渡す感覚に導くには幽体浮遊が採用されやすいのだと思います。

信じていたり分かりやすい概念を使わなくては、本人に全く伝わりませんもの。当人が信じている至って分かりやすい表現が採用されるのですね。

物事をうまくいかせるコツって、時には感情抜きにして、状況把握し、優先順位を決めて、冷静に判断することが大切じゃないですか。だから脳が言うわけですね。

あなたに俯瞰した映像を見せてあげるから、この感覚を覚えて、再起してね!

【補足】物事を判断する素材がどれなのか?で感じ方が違う

話が前後してしまって申し訳ありませんが、補足として物事を判断する素材が人それぞれ違うことを説明しておきます。私は以前こんな記事を書きました。

スピリチュアル

スピリチュアルでは様々な世界観がごった返していますが、なぜそんなことが起こっているのかと言うと、一つの同じ現象を各々が採用した物語を投影して世界をみているといった内容です。

世の中の見方は、本当に千差万別ですよ。このブログで何回も書いていますが、例えば地震。

  • ナマズが起こしているという人もいれば
  • 神の祟だという人もいる
  • プレートがどうのと科学で現象を捉える人もいれば
  • 人工地震かもしれないと敵対する国の陰謀を説こうとする人もいる
  • 未来は既に決まっていて、創造主が計画して起こしていると言う人もいる

現代では主に科学が採用されているので、プレートが弾けた自然現象として一般的に認知していますが、そうでない人もいます。何でもかんでも陰謀にこじ付けて人工地震だと言う人もいますし、知識が乏しい昔にはナマズが引き起こしていたと共通認識されていたようです。

難しい話を理解できない幼い子には神の祟りだと言えば、その子はその神物語を信じ込むことだってあります。

とにかく人間というのは、一つの出来事を様々な世界観で見ていて、それが一瞥体験のレパートリーを増やしているのだと考えます。

体外離脱をできない人も、実は体外離脱をやっている

さて、今回のメインとも言えますが、体外離脱は、実はみなさんやっておられます。

nimo

私たちは意識でもあります。
肉体と意識がセットなのです。

突然スピリチュアルっぽくなりましたが、私たち人間は肉体だけを操っていると思いがちですが、意識を自在に動かす事ができます。私は趣味でエネルギーヒーリングをやっていて実際に感じていることですから、確かです。

俯瞰力が身につくと、意識を自由自在に操れるようになります。

それには物事を広く深く知り、一時の感情に流されず冷静に判断できるコントロール力が必要ですが、現代人はそれが得意です。だんだん分かってきたでしょうか。

自分の考え方や感情から一旦離れて、俯瞰して物事を考えられている時、それは体外離脱をしているのと同じだということです。

意識を自分から一旦外し、自分も含めて広く高く俯瞰できる位置に置くことこそ、体外離脱なのです。

救済措置は要らないので、一瞥体験、体外離脱は起こりません。
でも同じことをしています。
意識が自分から離れて自分や相手、環境、状況を見つめているのです。

意識を感じることは特別なことではなく、普段よくやっていることです。私たちはよく言いますよね。

  • お腹を意識して〜(筋トレ)
  • 節約を意識して〜(ファイナンス)
  • 姿勢を意識して〜(美容)
  • あの人を意識しちゃう(恋)

そう、その意識となんら違いはありません。

気を引き締めてトレーニングしたいものには、知識を増やして自ら意識をします。憧れなど自分に足りない要素に魅力を感じる時、勝手に意識が動いてしまうことも。

意識とは行動に導く目的を示すポインターのようなものです。

自分から意識を動かすには、地図が必要です。取得した知識と感覚の範囲で動かすことができます。大人になると多くの人が出来るようになってきます。

そのポインターが、俯瞰視点に置かれると、もうそれは体外離脱なのです。

なんだかスカされた気分になった人もいると思いますが、実際のところこんな普通のことなんだと思います。

ローズ・ローズトゥリー「エンパシー」

著ローズ・ローズトゥリーの「エンパシー」という本で、体外離脱についてこう書かれています。

意識の広大さを体験するドラマティックな方法は、体外離脱です。

エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう

体外離脱をすると、意識は肉体を超えて拡大し、別の視点から世界を見ることができます。ものの見方が変わり、通常の身体感覚に束縛されなくなります。たった1分の体験でも、現実への理解が変化します。

エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう

メタ認知って、まさにこれなんですよ。別の視点から自分も他人も見られるようになってきます。メタ認知力のある人は意識を色んな角度に動かす事ができ、体外離脱を自在にしていると言っても過言ではありません。

意識が広くても知識がない場合、知識があっても意識が狭い場合、どちらも実生活でコントロールする事ができません。

しかし現代人は知識は豊富ですから、意識を広げると、比較的早く「ああ、そういうことか」と納得し、次へ活かせるようになっていきます。ですから感覚で落とし込むことは非常に有効だと思っています。

おまけ・昔の一瞥体験について

書いていて気づいた事があります。

幽体離脱はちょっとどうだか分かりませんが、昔に起こった一瞥体験は救済措置ではなく、意識を拡大するためのポジティブなものだったのかもしれません。ですから起こる条件が大幅に違ったかもしれません。

現代人はストレスを抱えるのが条件になりますが、脳が進化する前はもっと健康的だったかもしれません。イメージとしては、現代も昔も同じようなポイントに立ち、そこで一瞥体験が起こる設定があるという事です。

WEB1.0から2.0になり、3.0になる節目節目に、進化を促す体験があると考えていいかもしれません。

人間が進化するために必要な設定だったと思うんです。いつまでも主観的に物事を見ていたら、社会やコミュニティは発展せずに、人類は衰退、絶滅してしまうかもしれませんものね。

現代と過去、どちらにせよ意識を高く広く持つ為の設定ですね。

さいごに

私の体外離脱の考察は以上になります。

病院に行きませんでしたが、私は長いことメンタル状態が良くありませんでした。それでも結構現実的に世の中を考えて生きてきたので、不思議体験などした事がありませんでした。興味はあるけど、信じてないというか。お化けはいないと思っているけど、怖いというか。

そんなこんなで人生二度目のどん底に陥った30代後半、人生で初めて信仰というものをしました。スピリチュアルですね。するとワンネスが起こりました。当時自分は選ばれし人間なのかもと思い、よりスピリチュアルに傾倒しました。

そうやってスピリチュアルリーダーや悟り系の教祖的存在が量産されていき、ピュアだったその世界もいつしかビジネスで悪用され始め、市民権を得ることができなくなったのでしょう。

その後淡々と日常を繰り返し、地に足を付けて生きるようになり、洗脳は解け、あれは幻だったのだなと分かりました。幻とは脳内映像のことですね。

現代人の多くは脳内映像を楽しむには、ちょっとリスクが高いと思います。だって、メンタルを極限にまで落として、何か信仰めいた物語をインプットしなくてはいけないのですから。ストレスに詐欺師、もうあの状況に戻るのはムリ…。

つまり私の考察が合っているならば、私はもう二度と幽体として浮遊する体験をできないと言うわけです。残念ですけど、仕方がない。もう諦めようと思います。

粗は大いにあり、裏付けもしていない、とても主観的な考察です。

 

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