愛には絶対的な正解がない!多様性と親和性が高い愛の考え方が、現代の主流である!

愛には正解がない

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あなたの考える愛についての定義はどんなものですか?

どうも、ちょこっとESP能力があるASD、日最藍です。

4年程前の夏休み、子供たちが「アナと雪の女王」の映画を観まくりました。(にもは3人娘の母です〜)ちょうど私はスピリチュアルに傾倒している時期で、「愛とは何か?」を真剣に考えていました。

あれから4年?が経ち、ようやく「愛とは何か?」の答えに辿り着きそうになりましたので、ここでまとめてシェアしてみたいと思います。

私が思う愛

愛
にもにゃん

全ての性質を認め、
各々の価値を尊重する。
あらゆる存在を肯定し
その中でやりくりしていくこと。

しかし…
全てを愛で包むなんて偽善でしかない。
包めた方が豊かだけれど、
包めないものがあってもいい。

それが愛というものじゃないかと思う。

これは私の考える、非常に現実的な愛。

哲学的な愛においても、人間の多様性や複雑性を全面的に受け入れることは重要な要素になっていますが、多様性の全受容なんてあくまでも理想。

愛を美化しないことは重要なポイントになると思っています。憎しみや恨み、全否定などの不完全さの中にもその価値があると感じています。

愛についての正解

哲学

私の愛論、どうっ?
抜け目なくない?
これ、愛の正解なんじゃない?

ドヤ顔でAIに聞いたところ、思ってもない答えが返ってきました。

ごちゃごちゃ言われましたが、とどのつまりは…愛には「正解」がない。

一般的には文化や個人の価値観によって異なってくるらしいです。なるほど、分からなくもないですね。愛は時代や社会、個々の経験によって変わるなんて…ほんと難しいですよ。どうりで正解を追い求めても、全然ピンとこなかったわけです。

愛には正解がないから、お前のは正解とは違うよとAIに言われたわけですが、それでも私はこの愛論よりしっくりくるものを知りません。そしたらAIはこんな事を言ってきました。

chat GPT4

しかし、あなたの愛の解釈は、全ての性質を認め、存在を肯定するという点で、現代の多様性を重視する価値観と非常に相性が良いと言えます。

現代の価値観と相性がいい

…え?
いや…
ちょっと待って⁉︎

私は自分が考える「多様性を認める愛」というものが、精神的なラストエンドだと思っていたんですよ。悟りの最終地点というんでしょうかね。

それが…ただの相性って…。

あ、そうか。先ほど愛は時代や社会、個人の経験によって変化すると書きましたが、愛はどこまで行っても欠けた部分を補う需要的な考え方でしかないのかも知れません。

確かに、これまでの優生思想や成長至上主義の裏で起こっているデメリットが社会問題として扱われてきているんだよなと、妙に納得しました。

ある意味、愛は需要

にもにゃん

愛って、欠けている部分を補う精神や行動なの?つまり需要がある考え方・行動をすれば愛の表現ってこと?

chat GPT4

まさにその通りです。愛はその時々の文化的、個人的な背景によって異なる形で理解され、表現されます。愛の概念は、個人の内面的な欠けている部分を補うための理解や、共感、支援の形で現れることが多いですね。それが愛の多様性と普遍性を同時に生み出しています。

愛を欠けている部分を補う精神や行動と捉えることは、非常に実践的なアプローチです。この視点を持つことで、具体的な行動を通じて愛を表現する方法が明確になります。他者のニーズを理解し、それに応える行動は、愛の深い表現の一つと言えるでしょう。

自分の中でいつも疑問に思っていたことがありました。

したたかに人に好まれる行動をする時、ピュアじゃない感がすごくて吐きそうになることもありました。それでもそうするしかなく、自分を見失いそうになることも。なぜそう思うんだろう。ずっと自分に問いかけてきたことでした。

でも分かった気がしました。例え信念が素晴らしいものでも、自分のやり方で愛を表現しても受け入れてもらえなければ、意味がない。その時相手がして欲しいやり方でなければそれは愛ではなくなる…。

子育てでそういう場面があるかと思いますが、相手が成長した時、私のやり方を理解できる日がきた時、愛ではなかったものが時間差で愛に変化することもあるんですね。

chat GPT4

それぞれの人が持つ異なる感情やニーズに応じて、愛の形は無限に変化します。ですので、愛に関しては「この一つが正解」というものは存在せず、それぞれの関係性の中で最適な形があるというのが、より現実的な見方かもしれません。

私は一般的な人が求める愛の表現が苦手なので、日常で苦労しているんだなと…。

愛って志だけではどうにもならない、包括的なものなんですね。

だからってなんでも愛だと思ってはいけない

もちろん、戦争や独裁者のようなものを肯定することは絶対にありません!!

こいつらは多くの人々に苦痛や悲しみをもたらし、歴史上、たくさんの問題を引き起こしてきましたから。

私たちは過去の過ちから学ぶべきとてもとても重要な教訓がたくさんあります。それらの教訓を活かし、同じ過ちを繰り返さないよう努力することが大切です。

  • これはなぜ起こったのか?
  • 人々の自由や権利が奪われてどんな影響があったか
  • 社会にどんな害を及ぼしたか

といったことを深く理解することは、未来をより良くするためには必要不可欠です。悲劇を通じて、人々がどのように苦しんだかを学び、平和の大切さを再認識することで、私たちはより平和な世界を築くための一歩を踏み出すことができます。

虫歯にならないように歯を磨くのと一緒です。未来のために予防で最悪な状況を防いでいくことが求められます。

じゃぁどうすればいいのよ?

愛と需要と哲学
にもにゃん

宗教的な信念が自分に合わない場合、何を信じ、どう生きればいいの?

安全に信じていいものがよく分からない。
宗教や思想はもうお腹いっぱい。
自分で納得して考えたい!

って思ってきた事を、簡単にですが、挙げておきます。特にこれだけしていればいいっていうものでもないですが、よかったら。

これは自分に対しての愛ですよ。

自分に対してできる様になると、周囲に質の良い影響を与える存在になっていくんだと思っています。それって究極の愛なのかも。

  1. 価値観と優先順位を整理して実践する
    自分が何を重視し、どのような行動や選択が自分にとって意味があるのかを掘り下げてみる。とにかく書いて視覚化してみると、自分の大切にしている価値観や優先順位が明確になっていくよ。そして実践して人生を歩んでいくといい。
  2. 多角面な視点を学ぶ
    自分の意見に凝り固まっていないで、多角面に理解を深める。本を読む、映画を見る、いつもと違う人種と話す。エニアグラムなどのパーソナルタイプを学んだりすると、新たな視点が開いたりする。
  3. 実践を通じて腹おちさせる
    自分が良いと思う行動を実際にやる。そしてきちんとその行動が自分にとって意味があったかどうかを評価する。違和感を覚えたら立ち止まり、俯瞰してみたり、とことん腹落ちさせていく。理論と感覚の統合だね。
  4. 柔軟性を持つ
    ①を実践することは大切だけど、興味・嗜好・価値観・時とともに人は変わっていくから…。自分の信念が変化することを恐れずに、柔軟に受け入れられる気持ちを持つ。人はこなれてきた時に、ペケをする。自分を懐疑的に見つめてみることは重要。
  5. 定期的に普段とは逆のことをする
    外向きの人は瞑想や内省を行うことで、自分自身の内面と向き合い、本当に大切にしたいことや、心の平和を感じてみたらいい。内向きの人は意識も行動も外に向かって広げてみたらいいよ。普段しないことに触れるってとても大切な気づきが得られる。

さいごに

包括する愛

愛が需要だったなんて。

これさえしていればいいってことはないんですね。
めちゃ哲学。

神様、どうしてこんな大切なことを誰も教えてくれないのですかね?

愛っていうとても曖昧な言葉に翻弄されてきた私にとって、需要っていうのは、妙に納得できる論でしたよ。そして激ムズだね。

そりゃ、多くの人が幸せさがしとかしちゃうわけだ。

需要だなんて下品な言い方かもしれないけど、私はとりあえず、現代に主流の親和性の高い多様性を愛として生きていこうと思います。

愛愛愛とアファメーションで何度言ったところで、それは一時的なヒーリングにしかなりませんから、しっかり自分で愛を理論的に考えてみることも大切だと思います。

また〜!

 

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