洗脳体験談!ソウルメイト・ハイヤーセルフ・非二元洗脳をふり返る

洗脳体験




どうも、nimoです。

今回は脱スピリチュアルが気になっているあなたに向けて、脱スピリチュアル経験者であるわたしの洗脳体験をシェアしたいと思います。

  • どれを信じたら良いのか分からない
  • スピリチュアルに違和感を感じる
  • やればやる程おかしくなる

そんな気持ちを抱いている方は、スピリチュアルを止めて前進できるかもしれませんよ(^^)

【注意!】ただ、、、腹を据えて脱スピリチュアルをすると覚悟した人だけが読んでください!この記事を読んだらスピリチュアルへの印象がガラリと変わってしまいます。未練のある方は絶対にお止めください。
読んだら最後、元には戻れませんので・・・。

私はSNSでスピリチュアル界を巡り、およそ3年程傾倒しました。スピリチュアルをはじめた当時、2年間育児が泥沼化し、どうやっても上手にできない自分に嫌気がさしていました。

我が子を愛しているのにイライラする毎日。我慢を繰り返し、月に一度は大爆発を起こしていました。自己嫌悪・自己否定に陥り、ストレスから深刻な思考停止状態にありました。

あまり仲間と和気あいあいとするタイプでもなく、相談できる友人もいない私。SNSという場所でも、ほぼ個人プレーでスピリチュアルを模索していきました。それでも数名の人達とは交流はあり、そこから様々な気づきを得てきました。

最終的に自分が発達障害のASDであること気づきました。その為に二次障害を起こしてしまい、人生を拗らせてきたことを理解しました。

今回はスピリチュアル洗脳に陥った独自の見解・考察を、言葉に紡いでみたいと思います。沢山ある内の一つの洗脳パターンとして、ご覧になっていただけたらうれしいです。

スピリチュアルを完全に否定していません

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まず最初にこの事実をお話ししておかなければなりません。
私は脱スピをしましたが、完全にスピリチュアルを否定してはいません。

nimo

脱スピをしたにも関わらず、相変わらずオーラが分かります。

こうやって書くと、オーラが分かるなんて少し特別な人のように見えますが、実はこれってどんな人でも感じていること。

恐らくみなさん、見え方感じ方は様々で、自覚・認識していないだけです。

だからこそ個人的にはこれが霊能だとは思ってはいなくて、HSP、繊細さん、感受性、エンパスとか、そんなものの延長線だと認識しています。

それはSPY×FAMILYのアーニャの様。それこそダイレクトに何を思っているかは分かりませんが、人の感情を感じ取ることができます。

オーラは人のエネルギーが頭の中で色として変換されているんですね。ある人は幽霊に変換され、ある人は妖怪に変換され、みな一つの同じエネルギーを自分が解釈しやすい概念で取り扱っているんですね。

ですから、私は単に脳が色を採用しているだけで、これに関して否定しても意味がなく、開き直って受け入れています。

ですからそういう不思議なスピリチュアル系は全くの嘘ではない部分があるけれど、メンタル回復の為に人生迷走を止めたいのであれば、居続ける場所ではないと判断しています。

私自身スピ界に留まる理由はもう無く、得た気付きをリアルの生活に活かしていくのみだと、邁進しています。

オーラリーディング

スピリチュアルエピソードと省察

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はい、では私のスピリチュアルエピソードを省察とともに織り交ぜてみたいと思います。

私は脱スピしてから、こんなふうに思っていました↓↓↓

nimo

「幽霊や妖怪、悪魔、天使は本当はいないのではないか?」

生まれてこの方、見えない世界に対して深掘りした事がありませんでした。ですから「もしかしたらいるかもしれない」と思っていたんです。

しかもスピ時代には敢えて信じようと努力していたもので、そんな事を真剣に考えてしまったんですよね。私って結構真面目なタイプで、そういうものなんだとインプットしたら、愚直にも懸命に鍛錬してしまうんです。

  1. 龍神
  2. 天使
  3. ソウルメイト
  4. レイキ
  5. ハイヤーセルフ
  6. 非二元

スピリチュアルではこんなものに興味を示し、片っ端から試していきました。結果的には全て完全に腑に落とすことが出来ずに終わる結果に。

そんな私のエピソードを簡単にではありますが、省察と共に以下にまとめてみましたのでご覧ください。

①龍神

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龍神について興味があった時期があり、どんなものかと調べていた事がありました。

Twitterなどでは長細い雲が横に伸びていたりするのを発見すると「龍神様が見守ってくれている」などと表現する人々が多くいて、どうして自分には分からないんだろうと不思議だったのです。

実際に画像に〇を書き込んで「ここには白龍様がいます。ここには青龍様がいます。」と発信している方いませんか?わたしはその不思議な世界に引き込まれていきました。

私が龍神を信じてみた期間は一ヶ月程です。龍神様に気に入られると、良いことが増えると言われています。ですからその間、細長い雲が見えないと不安が倍増し、頻回に見つけた時は「私は大丈夫」と自信が漲ったんですよね。

洗濯物を干しながらベランダで空を眺める時間が増えていきました。龍神と会える楽しみが出来て、日々に彩りが添えられました。子供を公園に連れていった先でも上を向いて一緒に雲を眺めました。

しかしいつからか龍神探しに飽きてしまい、空を眺める事はなくなっていきました。やはり神様を信じきることが出来なかったんです。実際に見えませんから。

まぁ、でもね、空を見る事自体は、忙しく駆け巡る現実から一歩引いて、自分が自然の一部だということ感じさせてくれました。その時間は癒しになり、ヒーリング効果がありました。

和風?という世界観もわたし好みでなく、ハマる設定ではなかったようですね。みなさんインテリアなどに好みありますよね。それと同じですよね。そういう世界観に惹かれる惹かれないという事はあるかと思います。ちなみに私は北欧系が好きなので、ヒットしなかったのかもしれませんね。

シンプルに、、、

nimo

そこには条件で織りなす気象があるだけでした。

本当に。本当にそれだけでした。
むしろそちらの現象として捉えて、空を楽しむ方がしっくり来るし、私には合っていました。

②天使

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エンパスで困っているなら天使のシールドを出すと良いよ

ある時、50代女性RさんがTwitterでアドバイスをしてくれました。わたしは本当に人の感情に影響されやすくて、いつも疲れて困っていたんです。

その方がとても親身になってくれるので、オススメされたドリーンバーチュの本を購入してみました。一所懸命やってはみるのですが、何度やっても出来ません。どんなに勉強してもミカエル以外は天使の名前は覚える事が出来ません。然程興味が持てなかったというのが本当のところだと思います。

「ああ、こりゃ私は救われない」なんて思ったものでした。

しかし比較的エンジェルナンバーは簡単で、面白いなと思いました。単に数字に着目しているだけで良かったですし、本当に天使がいて会話している気にさせてくれました。

意識してからは、気持ち悪い程にゾロ目を頻回に見るようになっていきました。良い数字が出れば幸せで、出ない日は不安でした。天使の御加護を受けているというイメージをすると、安心感も湧いてきました。

このパターン、分かりますか?龍神の時とまんま同じですよね。数字や雲に一喜一憂して振り回されています。

しかしながらそんなある日、突如一日中スマホを触っている自分に気付いたんです。スマホの左上に出ているデジタル表示をチラチラと確認ばかりしている自分。車に乗ってもテレビを観ても、数字ばかりを追いかける自分がそこにいました。

nimo

アホらしい。

正直に時間がもったいないと思いましたね。ゾロ目を見る事に一日中エネルギーを注いでいるんですもん。これですね、RAS効果というらしく、人間の脳は感心事に対して敏感になり、情報を集めていくようです。

ゾロ目に関心を持った事で、ゾロ目の情報を集め出したのですね。天使がいるという辻褄を合わせ出し、私は数字に翻弄されてしまったのです。

わたしは人間に備わっているシステム通りに動いていただけでした。今となっては天使なんかいないと思っていますし、ゾロ目もめったに見る事はなくなりました。脳っておもしろいですね。

ただ人間がそういうシステムなら仕方がないとは言え、自分に呆れましたよね。

何やってんだ、まじめに育児しろよと。こんな時間泥棒なものはないじゃないかっ!
そんな思いが噴き出て、そこからスパッと止められました。

するとケータイを見る時間がぐんと減り、子供との触れ合いが増え、リアルの充実度がUPしました。

③ソウルメイト

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そのRさんが強烈な方でして、ツインレイの話をものすごくしていたんですよね。もれなく私も影響されてソウルメイト物語に興味を持ちました。

人生で関わりのある人たちは、輪廻転生を繰り返す中で共に魂の学びをしていく仲間という設定に、とても唆られてしまったんですよね。言うなればリアルの肉体を使って行うゲーム。クリアを目指したくなってしまったのです。

nimo

これを達成したら、私は最強の称号を得られ、もう人間に転生しなくなるのか。悪くない。面白そうじゃん!

ソウルメイト物語には双子の魂以外にも様々な段階の魂の仲間が用意されていますよね。過去と照らし合わせて、「この人は〇〇ソウルで、あの人は〇〇ソウルで、最近会ったあの人は〇〇ソウルかしら?」と自分なりに解釈していくようになりました。

しかし次第に人と人との繋がりを、そのゲーム設定に委ねる事に窮屈さを感じていきました。自分で決めて現実を生きている実感が薄く、全てが受身に映ったからです。

スピリチュアルでは自分軸自分軸と言う人多いですが、そんなものこの物語の中には、どこにもありゃしません。

人生の在り方をストーリーに委ねてるなんて、もろ他軸です。

イキイキするどころか、その物語に振り回されている自分に気付きました。スピリチュアルで出会った人たちは特に人間性が酷く、

  • わたし、なんでこんな不躾な人たちに振り回されてるんだろう、、、
  • わざわざこんな人、相手にする事ないんじゃないか?
  • 縁を切ろう。切ったら終わりだ。〇〇メイトとか、もううんざりだ。

YouTubeやブログで学んでいきましたが、結局は双子の魂っていうやつも、ただの不倫。当時のRさんに限っては、50代で未成年者との恋を本気で悩んでいましたし、洗脳中の私でも心中ドン引きしていました。

ツインレイがいると公表している数名の方たちと交流したのですが、正直な印象としては、、、。

こういう人達って一見良い人ですし、自分軸があるように見えます。自信が溢れているように見えてカッコいいんです。

でも皆さんとても偉そうでした。プライドが高く、親分気取りをする人が多かったです。交流からは、優位に立ちたがる姿が見受けられました。辻褄が合わない事ばかり言いますし、今その時の快楽を優先しがちな印象でした。

スピリチュアルにどっぷり浸かっている事で、事実が歪んで見えているんですよね。視野が狭すぎて、正直なところアドバイスは全く参考になりませんでした。むしろアドバイスを聞けば聞くほど、リアルの質が落ちてしまいました。

半ば信じてしまった私ですが、ストーリーを完璧にインストール出来ず、ソウルメイト物語ゲームを途中放棄しました。

④レイキ

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同時期に、エンパスをどうにかしようと、レイキヒーリングに興味を持ちました。SNSで比較的安価なレイキ講座を探し、オンライン講座を受けました。

エネルギーに敏感な体質のためか、遠くからエネルギーが届いてくる事をリアルに体感しました。いやぁ、びっくりと興奮で心が踊りましたね。

それがきっかけでエネルギーヒーリングの真髄に触れたくなり、夢中になってエネルギーワークを独学で学んでいきました。

脱スピリチュアル後に、たまたまですがレイキの概念を紐解いていたら自己受容を満たすメソッドになっている事に気付きました。私にとってはアダルトチルドレンの回復に役立てることができました。

スピリチュアル時代にはヒーラーとしてやっていこうと本気で思ったりもしましたが、脱スピ後、レイキを伝授してから一年半程で「レイキは伝授不要。生命エネルギーの実態はない」という結論に至りました。

天使や龍神、ソウルメイトのように、生命エネルギーも架空の作り話だと気づいたからです。神様を崇めるのと同じで、抽象的なエネルギーを信仰物としています。

レイキの所作をする事で、生体電流が流れたり、呼吸が整って血液やリンパに酸素が回ったり、脳脊髄液が流れはじめ、浄化が起こります。お水をいっぱい飲んでくださいと言われるのは、老廃物を流すためですね。

逆に言えば、血液やリンパ、脳脊髄液を整えたり、生体電流が流れている時の実際に感じる感覚がレイキであり、その感覚を思い出して再現する事がレイキヒーリングと言っても過言ではありません。

エネルギー感覚を覚えて再現できる人は確かにいます。私なんかもエネルギー感覚を覚えるのは得意な方です。しかしながら心身の状態や環境によってムラはありますし、一定に保つには鍛錬が必要です。

実際には無いエネルギーを伝授しようがありませんね。それよりも自然治癒を促すために人体の仕組みを覚えて実践する方が的確です。

わたしは人に施すには未熟ですのでエネルギーヒーラーになる夢は捨てました。でも個人的にエネルギーワークを好んではいます。イメージングや呼吸法を用いて人体を整えています。

宇宙から降り注ぐ生命エネルギーのパイプ役になっているというのは、設定が神秘化されているのですね。神秘的な世界観が好きな方はハマりやすいのかもしれませんね。

レイキ

⑤ハイヤーセルフ

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THEスピリチュアルと言っても過言ではないハイヤーセルフについても、繋がりたくて繋がりたくて懸命にやってきました。

これも一言で言えば、「ハイヤーセルフはいない」という言葉に尽きます。

自分の中に高次元の自分がいるとすれば、それは客観的な自分であり、それ以外にはありません。実際に脱スピリチュアルを果たした後に、自己理解を深めた訳なのですが、その時こう思ったんです。

nimo

ああ、なるほど。これがハイヤーセルフと繋がった状態ね。

自分がどんな人間なのかを深掘りした時、自分自身を俯瞰して見る冷静さが養われていきました。ブレーキを掛けなければならないポイントや、頑張った方が良いポイントなどが一挙に開けてきたんです。

その結果、自分自身に指示が出せるようになってきたのですが、後に調べるとこれは「メタ認知力」というものだと知りました。

このメタ認知力こそがハイヤーセルフの視点なんだと確信しました。

高次元の自分とは良く言ったものだなと感心すると同時に、「ハイヤーに繋がれない自分は、やっぱりダメ人間だ、、、」などと苦しい気持ちになっていた時間が無意味だった事に気付きました。

ハイヤーセルフもただの空想の肩書き。繋がるもなにも、最初からそんな存在なんていません。

とことんスピリチュアルは迷走の場所だと感じるところとなりました。

⑥非二元

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これはスピリチュアルとは違うものかも知れませんが、ここに記しておきます。最終的に脱スピに至ったのは、非二元で怒りが爆発した為です。

非二元、ノンデュアリティはとても頭がこんがらがる思想ですよね。簡単に言えば「物ごとには善いも悪いもない=何にもない」という思想。

私はバカ正直ですので、この非二元についても懸命に取り組んでしまいました汗。甲斐あって非二元という領域に達した時、絶対的な安心感は持てた気がします。嫌なことがあっても、非二元思考テクニックで概ね大丈夫になりました。しかしながら逆も然り。喜びも薄れていったんですよね。

ある時子供たちの成長が喜べなくなっている自分に気付きました。
「私は一体どうしてしまったのだろうか?」
悲しさがこみ上げ、目の前の日常から彩りが消えてしまいました。とてつもない大きな虚無が付き纏う日々が襲いました。

やがて心で警音が鳴り響き、それらは怒りへと変わりました。
私は人間じゃなくなってしまったのか、、、?
私は「人間」であり、私は「ニモ」という個人であるのだから怒って泣いて、笑って、それで良いじゃ無いかっ!!!

私は怒りによって、非二元を引き剥がし、自己を呼び起こしたんですね。この時完全にスピリチュアルを止めると決意しました。そこからSNSなどのスピリチュアルの学び場をプツリと遮断しました。

さて、天使の時と同様、この非二元も教えてくれた方がいました。スピリチュアルセッションをする自称「涅槃」のスピリチュアリストWさんです。私はその後、Wさんを思い出しながら、どんな状態であったかを客観的に分析していきました。

振り返るとWさんは行動思考が極端に振り切れていて、何事に対しても「これさえやれば上手くいく」という一辺倒さが見受けられました。一辺倒が故に非常に脆く、そして辻褄が合わない事が多々ありました。

今なら分かるのですが、自己受容が出来てない人が非二元をやると、大変危険なようです。私も当時自己受容が全く満たされていなかったので、非二元に失敗して感情が潰れてしまいました。

Wさんは口では「ありのままで良いんだよ。ネガティブになって良いんだよ。」と謳うのですが、行動面ではネガティブな感情を一切排除しようとして非二元を利用していたように思います。

つまりネガティブな感情からの逃避に非二元の思想を利用していたという事です。

この世界は何にもない訳じゃない。あるに決まってます。
自分にとって良いこと悪いこと、
社会にとって良いこと悪いこと、
環境にとって良いこと悪いこと、
あるに決まってるんですよ。

しかしながらそういう事を受け入れ切れずに、「何にもない」をやると、全てがフラットになり、凹凸のない世界に突入してしまいます。終いには何をしたって構わないと勘違いする事だってあり得るのです。

この非二元という意識レベルは確かに有り、非二元を引き剥がした今でも、実は私の中に一部根付いています。瞑想も同じ感覚を培う方法ですし、何ならレイキも同じなのです。

その一部とは、今でいう多様性ですね。この手の感覚は生きる為のベースでありますが、私たちは個であることを忘れてはなりません。その意識に留まると現実逃避と化してしまう厄介なものなのです。

さいごに

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私のスピリチュアル洗脳はこんな感じだったのですが、読んでみていかがでしたか?

nimo

脱スピを果たして確信した事があります。それはスピリチュアルは現実を生きる補助輪だということ。

私はリアルを良くしたかったはずなのに、目に見えない世界に夢中になり、その物語に振り回され、現実を蔑ろにしてしまいました。

スピリチュアルの空想はライナスの毛布です。言い換えれば物事の理屈を理解するのが難しい人向けに作られた、指南書、教義的物語です。しかもその作者が正解を教えてくれているかは、別の話なのです。厄介ですね。

さて、現実を生き始めたら、様々なことを理解しようと脳みそがフル回転しはじめました。この記事の冒頭でわたしが言ったこの文言覚えていますか?

最終的に自分が発達障害のASDであること気づきました。その為に二次障害を起こしてしまい、人生を拗らせてきたことを理解しました。

そう…。なぜ自分がこういう苦しい状態に陥っているのか?を現実的に理解するようになっていったんですね。

自分が発達障害の可能性がある事を受け入れたら、何をやれば良いのかが見え始めました。わたしは病院に通う選択をしませんでしたが、自分なりに対策を講じるようになり、それなりに暮らせるようになってきました。

必ず物事には理由がありますから、まずその理由を知ることです。そしてできる範囲で全体像をつかみ、道筋を立てて改善していくことが大切です。

手放しとか受け入れるとか、そういう差引は、俯瞰視点に立てない時は難しいものです。

今はね、それでも生きていくのは大変なんですよ。嫌なことなんてなくなりませんもん。でもスピリチュアル時代よりは断然心地よく暮らしています。

同じ日常なのに、洗脳を解けば全く違う世界がそこに存在しています。そしてその世界は自分なりにアレンジしていく楽しみがあります。

あなたはどんな未来をつくりたいですか?




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